こんにちは田中さおりです。
私は実家に借金があり面倒な生い立ちだったのもあって、お金というものには人一倍シビアな考えがありました。
シビアというより、いわゆるドケチの部類に属していたと今では思います。
そうしないと借金が減らないからそうせざるを得なかったとも言えますが、少しでも節約してお金を貯めようとした結果、逆に失ったものの方が多かったなと振り返ると思います。
お金をケチろうとし過ぎた結果、疲れ果て無気力になり時間を一時的なストレス発散に浪費していた
どんなに仕事が忙しくて帰りが遅くなってクタクタでも、意地でも自炊しかしませんでした。
(外食やコンビニ弁当は楽だけど高くついてしまうので)
それだけなら普通に多くの人がやってるようなことですが、
私はそれだけでは飽き足らず、最も安いスーパーまでわざわざ遠征して買いに寄ってました。
仕事でクタクタなのもお構いなしに。
その結果、
当然家に帰るのは遅くなり、ご飯を作って食べてお風呂入って寝る頃には普通に夜中でした。
この頃は寝不足による体調不良もピークでひどかったです。
仕事のストレスに加えて、
ケチケチしなきゃならない日常のストレスも相当重なっていました。
一時でも現実を忘れたくて、
もう寝なきゃいけない時間なのにも関わらず、
ムダにネットサーフィンやアプリゲームなんかで一時的なストレス発散をしてしまったり…。
土日は平日で疲弊し切った心身を癒すために、
家に引きこもって一日中寝転んでスマホいじってグータラして、他のやらなきゃいけないことは全て後回しになってだらしない状態になっていました。
「今日一日、私は一体何やってたんだろう」
と、自己嫌悪に陥って無気力なまま月曜の朝を迎えることを繰り返していました。
時間というものを、
自分が本当に楽しいと思えることや、重要なことにまるで使えていませんでした。
“安かろう良かろう”で、結局は逆に出費がかさんでいた
お金を節約したいがために、とにかく何でも安いものを求めて買っていました。
値段が安くても良いものはたくさんあるので、
全てのものがそうだとは言えませんが、結局はすぐダメになったり壊れたりで買い直すハメになることが多くて、これならそれなりの値段を出してちゃんとした品質のものを買って長く使う方がよっぽどお財布に優しかったと後悔することが今以上に多かったです。
安いものを求めてあっちこっち歩き回ったり、必死に安いものを吟味したりして、結果的にお金を失う=時間も失ってるということに当時はまるで気づいていませんでした。
お金がなさ過ぎて友人の結婚式に不参加→そのまま疎遠に
お金や時間のこと以上に、思い返すとこれが一番痛い経験でした。
学生時代に仲が良かった友人から、
結婚式の招待状を送られてきて嬉しい気持ちだった反面、次の瞬間に頭をよぎったのは結婚式の参加費用やお祝いの品をどうしようというお金のこと…。
自分が生活するだけで当時はいっぱいいっぱいだったので、
悩みに悩んだ末に、結婚式は仕事がどうしても忙しいという言い訳をし不参加。
でもお祝いの品だけはせめてと思い、
休日に工場の短期アルバイトに応募してどうにかお金を工面したものの、他の友人たちと比べれば見劣りしてしまうような品しか用意できず、とても惨めな気持ちになりました。
このことが機で私は、
「友人の晴れ舞台に参加しないばかりか、ロクなお祝いの品も用意しない情のないドケチなやつ」というレッテルを貼られました。
結婚する友人や他の友人たちには、
私が実家の借金で生活に困窮している話しは一切していませんでした。
自分の不幸話や苦労話は、
話される方も反応に困るだろうという考えと、
口に出せば今以上に現実が辛くなり、惨めな感情に埋め尽くされるという恐怖があって、話すことができませんでした。
なので
私の事情を何も知らない友人たちからしたら、冷たい反応を取るのも当然で、結局そのまま疎遠となってしまいました。
辛かったですが、
言ってしまえば自業自得の出来事でした。
本当に大事な友人だと思うならちゃんと理由を話すべきだったので。
(…とはいえ、今でも思い返すと古傷が痛みます…w)
真面目で優しい人ほどお金の困窮は心を蝕み命をも脅かす
上記のとおり、
貧乏暇なしな生活を送っていた上に、それが原因で友人まで失った私ですが、
お金がないことそのものが悲惨というのではなく、
(ないよりあった方が当然良いですが)
お金が困窮することによって、
心に余裕がなくなって視野が狭くなってしまうのが何よりも悲惨だと思うのです。
よく、
最低限のお金さえあれば生きてはいける。
なんて言いますが、
本当にそうなのであれば、
思い詰めて病む人などいないし、借金で悩んで命を絶つ人だっていないわけで。
お金に困窮した経験のある人は分かるんじゃないかなと思いますが、
“お金がない…ツラい…どうしよう”
という事態は、
ビックリするくらい自分の視野というものを狭くしますし鬱々とします。
冷静に考えればもっとマシな解決策があるにも関わらず、
お金という問題が絡むと、人は簡単に冷静さを失います。
何をするにもお金というものが絡んでくる以上、当然だろうと私は思います。
例えば借金なら、
自己破産してしまえばしんどい取り立てから解放されます。
新たにカードが作れなかったり何かと制限を設けられたりしますが、
死を選んだり病み切ってしまうよりはよっぽどマシです。
働くのがしんどくて病みに病んでどうしようもないなら、生活保護という手だってあります。
賛否いろいろありますが、自分が死んでしまうよりは絶対にいいわけで。
けど視野が狭まって心が病むと、
冷静に物事を考えられなくなるので、どんどん坂道を転げ落ちて、悲惨な選択をしがちです。
ちっとも嬉しくなかったのですが、
私は子供の頃よく人から
“真面目”
“優しい”
と言われていました。
けれど、
真面目で優しい人間と言うのは、
現状から逃げる行為にとても罪悪感を感じる性質があって、無理して思い詰めた選択をしがちです。
“逃げる”という選択肢よりも
“何とかしなきゃ”という意志が先に働いてしまうんですよね。
(思い当たる人はきっと私と同類の人種でしょうw)
そして最終的には疲れきってしまって、
プツンと糸が切れるかのごとく何もしたくなくなる。
考えたくなくなる。
そうなってしまうと再び立ち上がるのは本当にしんどいです。
自分自身でも経験しましたし、私の母はそのまま坂道を転げ落ちました。
(私という人間の詳細はこちらに載せているので興味ありましたらどうぞ)
幸いなことに今は自分で仕事を生み出し稼ぐのが簡単な時代
これまでの世の中の常識で言えば、
どんなに仕事が辛かろうが貧乏だろうが、基本的にはどこかに勤めて一生懸命働く以外に庶民がお金を得る術というのはほとんどなかったわけです。
けれど今は、
ネットが発達したおかげで本当に自由に稼ぐ方法がたくさんあるなと思います。
限られた時間で限られたお金しか得られなかったのが、
超短時間な労働時間で報酬は平均の倍以上なんてことも可能なわけですから。
限られた特別な人しか許されなかったようなお金の得方を、
今は方法さえ知って実行すれば誰だって可能なわけです。
私も自分がそういう働き方をするまでは、
そんな世界があるなんて信じられませんでしたが…。
その働き方を知れたおかげで
昔よりも随分と心身ともに健康的な生活を送れるようになりましたが、
もし今の仕事の仕方を知らなければ、
いまだに仕事のストレスとお金の不安に苛まれながら鬱々と日々を過ごしていたのだろうと思います。
(前回の記事に今の働き方に出会ったキッカケを載せているので興味あったら読んでみてください)
・真面目
・責任感が強い
・優しい
・頼み事を断れない
・情に訴えられると弱い
・燃え尽き症候群になりがち
この辺りが当てはまる人で、
仕事やとりわけお金に悩みを抱いている人ほど、
私と同じような働き方、お金の得方を全力でオススメします。
仕事やお金の問題はもちろん、
自分のやりたいことに時間を割くことができるようになるし、
何より生きるのがラクになって、私自身も人生を楽しめるようになりました。
自分の人生を自分で舵をとって生きられているという満足感や充足感も心底得られるので、思い詰めるような視野の狭い選択をしなくて済むようになりました。
どうせ生きるなら楽しくてラクな方が絶対に良いし、
そのほうがストレスも溜まらないので周りの人間にも優しくなれます。
お金にも時間にも心にも、
全てに余裕がない借金時代は本当にいつもイライラピリピリしてました。
そして幸せそうな他人と比べてはみじめな気持ちになり、鬱々とするというのを繰り返していました。
自分で自由にお金を稼げて時間も使えるようになった結果、
ストレスが本当に激減したのと、将来への不安が減ったとつくづく思います。
仕事そのものを生み出す術を知る=いつでも自由にお金を生み出せる
ということなので、
その術を知るために、借金があったにも関わらず相当なお金を注ぎ込んで学ぶというトンデモ行動をしてきましたが、その選択は間違いではなかったと強く思えます。
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